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板倉花巻(書)

[2020年3月5日]

茂原市立美術館・郷土資料館収蔵の板倉花巻の作品

略歴

板倉 花巻 (いたくら はなまき)  (1900~1968)

明治33年、現 茂原市大登に生まれる。本名 彌作。公立豊田尋常高等小学校(現 豊田小)を経て、大正9年、 私立大成中学校(現 長生高前身)卒業。大正10年、上京して近藤雪竹(書家)に師事。翌年、文検に合格。大正13年、千葉県立長生中学校(現 長生高)教諭となった。

昭和3年、書家・木俣曲水主宰の国華会内員理事として活躍。昭和6年、書鑑誌上展で一等受賞。書鑑特待生理事、泰東書道院、関西書道会委員、千葉県展役員の他、大同書芸院内員等も務めた。

昭和13年、浅見喜舟(書家)と書星会を設立、本部長を務めた。昭和21年、大成書道会を主宰。昭和43年没。

当初の模範的書風は、自由奔放な作風となっていった。私利私欲や出世の為の会組織を嫌う、飄々とした人物で無欲・無我の境地に立っていた。また、結婚後、妻に先立たれるという不幸に繰り返し遭っている。大変ユニークな人物で、数々のエピソードも残されている。


   

主な収蔵品

板倉花巻の収蔵作品数は書24点、絵画2点、関連資料2点です。このうち書7点、絵画(墨画)1点を紹介します。

ご注意 画像の転載・利用を禁じます。

板倉花巻「清明時節雨紛紛」

板倉花巻「清明時節雨紛紛」(せいめいじせつ あめふんぷん) 紙本墨 昭和25年(1950)作 130.3×65.9cm
清明時節雨紛紛 清明の時節 雨 紛々
路上行人欲断魂 路上の行人 魂を断たんと欲す
借問酒家何処有 借問す 酒家は何れの処にか有る 
牧童遥指杏花村 牧童 遥かに指さす 杏花村
「杜牧詩 淸明」
清明の時節(四月五、六日頃)だというのに雨がしとしと降り続け、道行く旅人の魂も消え入らんばかり。牛飼いの少年に酒屋の場所を問うと、遥かかなたの、あんずの花咲く村
を指した。  

本作は、襖への作品依頼を受け、花巻が、そのお宅へ直接出向き揮毫したものであり、四枚のうちの一つ、春の佳句である。
自由奔放な動きを持ち、温雅でしなやか。殊に、「雨紛々路」という所は、やわらかな雨が舞い降りてくるような風趣がある。
(大成書道会、松風誌、作品鑑賞欄の白井花径氏の記述より抜粋)




板倉花巻「雲耶山耶呉耶越耶(頼山陽詩 泊天草洋)」

板倉花巻「雲耶山耶呉耶越耶(頼山陽詩 泊天草洋)」(くもややまやごやえつや らいざんようし とまる あまくさなだ) 紙本墨 昭和34年(1959)作 199.1×67.0cm
雲耶山耶呉耶越 水天髣髴青一髪
萬里泊舟天草洋 煙横蓬窓日漸没
瞥見大魚波間跳 太白當船明似月
     「頼山陽詩 泊天草洋」
  
読み 雲か山か呉か越か 水天髣髴青一髪 
   万里舟を泊す天草の洋 
   煙は蓬窓に横はって日漸く没す
   瞥見す大魚の 波間に跳ねるを
   大白船に当たって明月に似たり
意(一部) 向こうに見えるのは雲だろうか山だろうか、それと も呉の国だろうか越の国だろうか、水と空とがはるか彼方 で青く一すじに連なっている・・

この作品は昭和三十四年東京都美術館で開催の第一回大同展に審査員として出品したものである。
雄大な詩文に対して、花巻は思いきり筆をぶつけていったようである。書き出しには力のこもった震えが現れ、雲か山か茫漠として読めないくらいである。
「大魚波間跳」の跳字はものすごい跳躍感である。小細工のない、圧倒的な気迫とスケールの大きな作品である。 
(大成書道会、松風誌、作品鑑賞欄の白井花径氏の記述より抜粋)

板倉花巻「主人不相識」

板倉花巻「主人不相識」(しゅじん あいじらず) 絹本墨 昭和35~36年(1960~61)作 39.4×44.2cm
主人不相識 主人相識(し)らず
偶坐為林泉 偶坐(ぐうざ)するは林泉が為なり
莫謾愁沽酒 謾(まん)に酒を沽うを愁(うれ)うること莫(なか)れ嚢中自有銭 嚢中(のうちゅう)自ずから銭有り
「賀知章詩 題袁氏別業」
  
意 袁氏の別荘の詩を作るこの別邸のご主人とは、別に知り
  合いの仲ではないが、こうしてここに対座しているの
  は、庭園が見事だからである。
  だから、酒を買って御馳走せねばなるまいなどと心配な
  さるな。銭なら財布の中にあるから、それで勝手に飲む
  からして。

作品を見ると、絹のおだやかな風合いの中に、いとも軽やかに楽々と筆を運んでいる。形が崩れたって構わない。そうした無造作に書き連ねている流れの中に淡然と自由を楽しむ境地を見る思いがする。偶の字などはどうしてこうなったの
だろうか。熟れる(こなれる)という言葉があるが、熟れに熟れた後の姿であろうか。
絹に描いているということも考え合わせて鑑賞したい。
(大成書道会、松風誌、作品鑑賞欄の白井花径氏の記述より抜粋)

板倉花巻「無一物即無盡蔵」

板倉花巻「無一物即無盡蔵」(むいちぶつ すなわち むじんぞう) 紙本墨 昭和35~36年(1960~61)作 32.8×36.8cm

板倉花巻「道表山老松之圖」

板倉花巻「道表山老松之圖」(どうびょうざん おいまつず) 紙本墨 昭和36年(1961)作 25.4×34.7cm

板倉花巻「富士山絵併賛」

板倉花巻「富士山絵併賛」(ふじさんえ ならびに さん) 紙本墨 昭和37年(1962)作 133.5×67.5cm
仙客来遊雲外巓
神龍棲老洞中淵
雪如紈素煙如柄 
白扇倒懸東海天
(石川丈山)

板倉花巻「掃雪開松径」

板倉花巻「掃雪開松径」(ゆきをはいて しょうけいをひらく) 紙本墨 昭和39年(1964)作 132.3×33.8cm
読み 雪を掃いて松径を開く 
意 降り積もった雪をはきよせて松木立に道をつける。
 
老松の生い茂る山奥に住まう風流人であろう。雪積もったとて外に出ることも無かろうが、雪の日を好んで俗界を離れた客人のあるかも知れぬ。心の友よ来れりとの思いやりで雪を掃いたことであろう。
花巻はこの語句を昭和三十九年の松風誌に課題として載せ、「この手本は筆のいかれてしまったもので書いたが、箒の跡が地面についたと思えば、気にかけることもない」と述べており、まさに雪を掃く主人公になりきった心境がうかがえる。
(大成書道会、松風誌、作品鑑賞欄の白井花径氏の記述より抜粋)

板倉花巻「無我」

板倉花巻「無我」(むが) 紙本墨 昭和30~40年(1955~65)作 33.4×34.4cm
千葉県展出品作品

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