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石井武夫(洋画)

[2020年3月5日]

茂原市立美術館・郷土資料館収蔵の石井武夫の作品

略歴

石井武夫(いしい たけお)(1940~)

昭和15年、現 茂原市本小轡に生まれ、3歳の時、現 茂原市長尾に移る。千葉県立長生第一高等学校(茂原市内にある現 県立長生高校)卒業。東京教育大学芸術学科(現 筑波大)卒業。

昭和43年、独立展初入選、以後出品。 しかし、昭和51年、5歳の長女を脳腫瘍で失ってしまう。病院での娘は、たくさんの管がつけられた状態であったという。以後ダミー人形を題材とした作品を発表。昭和51年、独立展での受賞。翌年、安井賞展での佳作受賞。個展多数など活発に活躍している。

昭和56年に独立美術協会会員となり、翌年以降、筑波大学助教授・教授・学群長を歴任。平成16年から同23年まで大阪芸術大学教授を務めた。

現在、独立美術協会会員・運営委員・審査員、筑波大学名誉教授・千葉県松戸市在住

主な収蔵品

石井武夫の収蔵作品数は計10点です。このうち8点を掲載しています。

ご注意 画像の転載・利用を禁じます

石井武夫「室内」

石井武夫「室内」 キャンバス・油彩 昭和49年(1974) 130.3×162.1cm
昭和49年の作者の初期作品。昭和51年に娘を失ってしまう直前の作品。作者は、娘の病気(脳腫瘍)に気付きながらも、成長していく姿を描いている。言いようのない不安・圧迫感のある作品。

石井武夫「ダミー」

石井武夫「ダミー」 キャンバス・油彩 昭和51年(1976) 162.1×130.0cm
初期の作品であり、壊れたダミーの現実的な描写と陰鬱(いんうつ)な色彩が、当時5歳の娘を病気で失ってしまった作者の心を物語っているかのようである。

石井武夫「ダミー」

石井武夫「ダミー」 合板・アサンブラージュ 昭和55年(1980) 162.3×97.0cm
作者は、金属等さまざまな素材を利用した半立体的な作品も早くから手掛けている。

石井武夫「ダミーの部屋」

石井武夫「ダミーの部屋」 キャンバス・油彩 昭和59年(1984) 112.5×145.6cm
孤独で殺伐とした現代の人間社会は、壊される為だけに造られたダミー人形の世界とあまり違わないのではないだろうかというようなことを考えさせられる、作者のさまざまなメッセージの盛り込まれた作品。

石井武夫「ダミーの部屋」

石井武夫「ダミーの部屋」 キャンバス・油彩 昭和59年(1984) 182.3×227.5cm
第52回 独立展出品作品
作者は、「作品のテーマには底流に戦争の時代に心に残したものがある」と語っている。
鳥はあたかも戦闘機のようであり、遠くには、原子力発電所がそびえる。
ダミーは、壊されているというよりも、殺されているようである。それは、ダミーというものに、命を感じるからなのであろうか。

石井武夫「ダミーの部屋」

石井武夫「ダミーの部屋」 キャンバス・油彩、テンペラ、アクリル 昭和62年(1987) 194.5×259.1cm
第55回 独立展出品作品
ダミー人形は、おもちゃに囲まれて眠っているのだろうか、それとも、これはダミー人形の夢なのだろうか。感情のないはずのダミーに、心を感じさせるような作品である。 

石井武夫「ダミーのある風景」

石井武夫「ダミーのある風景」 キャンバス・油彩 平成3年(1991) 194.3×259.2cm
第59回 独立展出品作品この作品では、ダミーは生き生きと描かれており、まるで家族のように見える。そう考えると、生身の人間のような女性は、作者の失った娘の成長した姿なのであろうか。 

石井武夫「海の見える部屋」

石井武夫「海の見える部屋」 キャンバス・油彩 平成17年(2005) 50.2×155.0cm
作者はこれまで、異次元空間のような世界に、どこか生命感のある壊れたダミー人形を描いてきた。対して、明るい現実世界に生きているはずの人間の直立した姿勢と表情は、まるでこちらの方がダミー人形のようであり、作者の根底に流れる何かを感じとられる作品。

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